世界起業家列伝
ケンタッキーフライドチキンの生みの親でもあるカーネルサンダースの人生や経営哲学、名言などを紹介します。
ホームボタン

カーネルサンダースとは

カーネルサンダースというと、ケンタッキーフライドチキンの店頭にあるヒゲを囃したおじさんの人形ということを知っている人は多いです。実はカーネルサンダースではなく、ハーランド・デーヴィッド・サンダースが本名で、アメリカの実業家でもありながらもケンタッキーフライドチキンの創設者でもあります。

カーネルサンダースの由来はアメリカのケンタッキー州にて貢献した人に与えられる称号のことで、日本国内ではカーネルおじさん又はケンタッキーおじさんともいわれています。1890年生まれで、幼いころに父親が亡くなったことから生活するのが大変で年齢を詐称して陸軍に入隊し、除隊後も様々な職を転々としながらも生活自体はラクにはならなかったです。

その後、ガソリンスタンドの経営をしながら店の一角にレストランを開き、当時の目玉商品だったフライドチキンがヒットしたことから、ケンタッキー州のモーテルに100席以上あるレストランへと成長します。フライドチキンの製法が当時のアメリカでは画期的だったこともあり、他のレストランに調理方法を教えることによって新しいビジネスモデルができただけではなく、フランチャイズ1号店が開業したことでアメリカだけではなく日本でもフライドチキンを食べることができるようになりました。

カーネルサンダースは転職を繰り返していた

国内でもお馴染みといえるケンタッキーフライドチキンの店頭には、メガネをかけてヒゲの囃したプラスチック製のおじさんの人形が置いてあります。このおじさんがカーネルサンダースであり、ケンタッキーフライドチキンを創設した方でもあります。

生い立ちを調べますと、1890年に生まれて幼いころから父親が亡くなったことから、母親が働き収入を得ながら彼とその兄弟を育てますが、母親の収入だけでは家族全員養うことができず、その当時のアメリカの経済状況が良くなかったことから、14歳の時から農場の手伝いなどで働き、16歳には年齢を誤魔化してまで陸軍に入隊し除隊するまでの間はキューバにいたこともありました。その後は、アメリカへと戻りますが生活が苦しいことから、鉄道の機関車修理工やタイヤのセールスなど合計40種以上の職を転々していました。

30代にガソリンスタンドの経営者になり、お店の一角にてレストランを立ち上げてからは目玉商品のフライドチキンがヒットして、100席以上あるレストランへの事業展開や他の飲食店にフライドチキンのレピシを教えることで収益を得るなど、新たなビジネスを立ち上げることによって実業家へと成長し、ケンタッキーフライドチキンの顔となるまでになりました。

カーネルサンダースの名言

カーネルサンダースの本名はハーランド・デーヴィッド・サンダースでアメリカ合衆国の実業家です。ケンタッキーフライドチキンの創始者であり、カーネル・サンダースとして有名な人物です。このカーネルは名前ではなくケンタッキー州に貢献した人に与えられる名誉称号です。日本では「カーネルおじさん」、「ケンタッキーおじさん」といった愛称が定着しており、その店先では彼を模した人形が飾られています。そんな彼は幾つもの明言を残しています。

例えば失敗に関しては「失敗とは、再始動したり、新しいことを試したりするために与えられたチャンスだ。私はそう信じている。」という言葉を残しており、店舗が火災に見舞われるなどの不運に陥った彼の価値観が如実に表れていると言えるでしょう。また似たような名言で「安易な道は効率的だし時間もかからない。困難な道は骨が折れるし時間もかかる。

しかし時計の針が進むにしたがって、容易だった道が困難になり、困難だった道が容易になるものだ。」というものがあります。この名言もまた彼が始めたケンタッキーフライドチキンという店が紆余曲折を得て大成功していく間に培った経験が表れていると言えるでしょう。

カーネルサンダースの経営哲学とは

カーネルサンダースの経営哲学を知るには彼の生い立ちを知らなければいけません。アメリカ・インディアナ州に3人兄弟の長男として生まれた後のカーネルサンダースであるハーランド・デーヴィッド・サンダースは父を亡くした後に母が再婚したことで家出をしてしまいます。

この時、通っていた中学も辞めており彼が30歳でガソリンスタンドを経営するまで実に40回以上もの転職を繰り返したと言います。「顧客に最高のサービスをすること」を理念として始めたガソリンスタンドでは徹底した無料サービスを導入したことで大繁盛となるのですが、1949年に始まった大恐慌によって閉店を余儀なくされます。再びガソリンスタンドを経営することになったのは40歳で同時に開業していたレストランのメニューになっていたのが現在のケンタッキーフライドチキンとなるフライドチキンでした。

しかし時代の流れとともに再度店を手放すことになったのですが、その時残ったフライドチキンのレシピを活用することで現在のケンタッキーフライドチキンを経営していくことになるのです。これらから学ぶカーネルサンダースの経営哲学は「顧客に最高のサービスをすること」、そして「不屈の闘志」だと言えるでしょう。

▲ Page Top

Copyright (C) 2017 世界起業家列伝 All Rights Reserved.